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ぼちぼち通信-No26|垂水区の小児科・アレルギー科 たかのこどもクリニック|

ぼちぼち通信

ぼちぼち通信
BochiBochi Tsushin
No.26
2022.08
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受診された患者さんの服が濡れており、雨は降ってないだろうにと聞くと、汗でした。
暑い日が続いています。皆さんお元気ですか。
新型コロナに翻弄される夏を迎えています。
とうとう、このぼちぼち通信も7月はさぼってしまいました。急なコロナの流行に仕事が追いつけなくて。

-安部さん襲撃事件に思うこと-

7月8日、発熱外来でクリニックの外に出たときセミが鳴いていると気づいた日であった。安部さんが撃たれ亡くなられた。残念である。ご冥福を祈る。
子どものころ、アメリカのケネディ大統領がオープンカーに乗ってのパレード中に撃たれるという映像を見たことがあった。
アメリカは怖い国だと思ったが、日本でもこういうことが起こってしまうのか・・・。

 

凶悪な事件が起こると、その事件を起こした人のことが気になる。その人にも無邪気な子供時代があったであろうに、どこでどうなってしまったのだろうかと。
安部さんの事件を起こした人も、いろいろ不遇なことがあった。しかし、もう41歳の大人である。不遇なことがあっても、自分で立ち直れなかったのかと思った。
しかし、どんどん報道される不遇な事実、父が亡くなり、母が宗教にのめりこみ、さみしい家庭だったようである。子ども時代に安心できる家庭生活が送れないと、立ち直る土台もできないのかもしれない。
そして、何も守るべきもの、守りたいものがない“無敵の人”になってしまったのか・・・。

 

不遇な環境で育ったほとんどの人は、それを、ばねにがんばっているのであるが・・・というようなことを思い、学会へ行くと、落語家の桂雀々さんの講演があった。この人の幼少期も壮絶である。
父はかけ事好きで闇金融から借金、母は蒸発、父も蒸発、中学生くらいからは一人、“子家庭”で育った。借金の取り立てのひどい中、父が心中を図り、殺されかけたこともあるそうだ。
今なら児相、施設である。雀々さんはあるとき落語に目覚め、この道に進んだ。

 

雀々さんはどうして頑張れたのだろう。彼の天性はもちろんだが、近所の出山商店のおばちゃん、民生委員の加藤さんの支えも大きかったように思う。地域のコミュニティが雀々さんの心の支えになっていたのかもしれない。
桂雀々著『必死のパッチ』をご覧あれ。
子どもには、何かの時にがんばれる“心の支え”を養うことが必要なのかもしれない。これは具体的なものでなくてよく、その子その子の中に養われるものであると思うが。

 

新型コロナ、第7波到来

第6波が小さく見える。「もう、ええって」という思いである。

 

新型コロナウイルスの検査・陽性者の状況


兵庫県/新型コロナウイルスの検査・陽性者の状況 (hyogo.lg.jp)

 

新型コロナの病気的立ち位置と社会的立ち位置が違いすぎる。
子どもにとって新型コロナは病気的には風邪である。インフルエンザと同等と感じる。 鼻の効くスタッフがいて、問診と子どもの様子で新型コロナの可能性をトリアージしてくれる。ほぼあたる。

 

就学前の子は近くに感染者がいるかどうかが一番のポイントである。診断はされていなくても、父母がのどが痛い、頭が痛い、だるいというのも気になる所見である。
今、小さい子ではRSウイルス感染症、アデノウイルス感染症、手足口病、ヒトメタニューもウイルス感染症などいろいろな感染症が出ており、大変である。新型コロナの検査もするが陽性率は大きい子ほど高くない。
当クリニックの検査陽性率は8月の第1週を見ると、0-5歳31%、6-11歳70%、12-18歳90%である。

年齢ごと

 

小学生以上は38度以上の熱があって、頭が痛い、足が痛い、しんどそうなのが気になる所見である。
今、学校は休みであるから、2-3日前の習い事、クラブ活動が感染機会として気になる。診察すると、以前も書いたが、のどは赤くなく、鼻水は垂れることなく、胸の音もきれいで、非常にサイレントな感じなのであるが、脈拍は他の発熱より速いと感じる。
そして、言葉がなく、しんどそうである。検体採取した綿棒が湿ってキラキラ光っていたら、ますます、これはコロナだろうと感じる。

 

全国で新型コロナ感染症に伴う脳症が2例、他に3歳児の新型コロナの死亡例が報道された。
川崎病様症状を呈するものは現在全国調査中とのことであるが、専門家のコメントはそんなに多くはないであろうとのことである。
インフルエンザでも脳症を経験する。風邪のウイルスだから大丈夫だというのではない。
どのウイルス感染症も、ある一定例は重症化して、死亡することがある。原因ウイルスを突き止めることもいいが、それ以上に重症かどうか、重症化するかどうかを予測することが大切であると思う。

 

新型コロナの社会的立ち位置は王様である、あった。今は行動制限がされず、少し地位が落ちたかもしれないが。
医療現場では患者さんに感染させてはいけない、我々も感染してはいけないと必死である。問診からトリアージし、新型コロナの検査が必要な子は駐車場で診察させてもらっている。
新型コロナでないであろう発熱のお子さんも院内で隔離して診察する。今、発熱の方が多く、隔離の部屋が空いてないと車で待ってもらうことになり、待ち時間が長くなる。申し訳ない。
お叱りを受けることもあるが、中には「大変ですね。先生、気を付けてください。」と優しい言葉をかけてくださる方もおられ、ありがたい。

 

子どもが発熱したら、子どもが新型コロナでないことを調べないと父母は会社に行けない、子どもは回復しても保育所に行けないという。周りに感染者がおらず、この症状からは新型コロナでないと我々が判断しても、とにかく検査で陰性確認をしてほしいと言われる。
熱が出るたびに、鼻に検査の綿棒を突っ込まれる子どもがかわいそうである。
少なくとも父母に関しては本人に症状があるかどうか、もしくは父母の検査で出勤の判断をしてもらえないか。

 

日々必死でやっているのに、街へ出ると人があふれている。感染者を10日間隔離しても、感染が分かる前日の人、症状に気が付かない人や軽症の人がこの中にいて、皆にうつっていくのだろうなと思う。そういう病気だから仕方がない。中国のような極端なことはできないし、必要もないと思う。
ワクチンの効果を多少とも期待しながら、ある程度の人が感染して終息していくしかないのか。重症例が出ないことを願いつつ、日々、目の前のことに取り組むのみである。

 

著者 たかのこどもクリニック 院長 高野智子

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