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ぼちぼち通信-No20|垂水区の小児科・アレルギー科 たかのこどもクリニック|

ぼちぼち通信

ぼちぼち通信
BochiBochi Tsushin
No.20
2022.01
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今年もよろしくお願いします。
新型コロナ流行の第6波とともに年が始まりました。
今年はどんな年になるのでしょうか。コロナなんかに負けないで頑張りましょう。

-新型コロナ第6波の到来-

日本だけが少ないことはないとは思っていた。でも、海外の映像を見るとマスクしていない人が多く、日本はみんなマスクしているから感染者が少ないのかなとちょっと期待していたが、甘かった。すごい勢いで感染者が増えている。
兵庫県の感染状況 https://web.pref.hyogo.lg.jp/kf16/coronavirus_data.html

兵庫県の感染状況

正直、私はギブアップの感がある。第5波までは、子どものコロナはほとんどが家族に感染者または発熱者がいて、大人から感染していることが多かった。しかし、第6波のコロナは子どもどうしで感染している。

 

今後データが出てくるであろうが、数例経験した感触では、感染力が強い、子どもにも感染しやすい、潜伏期間が短い、発熱は2日ほどで、咳症状は強くないという感じである。
「月曜日、発熱しました。小児科でコロナではないでしょうと言われました。火曜日、熱は下がっていたが少し鼻水が出てお休みしました。水曜日、発熱はなく元気で、学校へ行きました。木曜日、気になって家庭でコロナの抗原検査したら陽性でした。水曜日に学校で接触した友人は金曜日に発熱し、土曜日にコロナPCR陽性でした。その友人も日曜日には解熱し元気になっていました。」という具合に、感染するテンポが速く、軽症である。もはや、風邪という感じ。

 

新型コロナを症状から見抜くことは難しい。5波までは家族や学校などの集団生活での感染状況を頼りに選別してきたが、もはやテンポが速くて感染情報が追いつかなくなっている。
発熱者、風邪症状のある人には全員にPCRしないと診断できない気がするが、検査もパンク状態になっている。
去年はうちでも院内で検査やっていたが、今は検査数が多く追いつかない。かつ、検査キットも手に入らなくなった。
それで検査を外注しているが、1月初めまでは、検査翌日の朝に検査結果返ってきたのが、今は翌々日、3日後といわれる。
検査数が通常の3倍だそうである。
感染者が出た学校などでの行政検査は全く追いついていないし、結果が出るのも遅い。クラスで感染者が出ると行政検査を待って、2週間近く子どもは自宅待機になっている。あまりの遅さに、親は仕事に行けないと、濃厚接触の無症状者が検査を求めて医療機関になだれ込む。

 

濃厚接触者の隔離期間が10日に短縮されたが、これは感染者に接触しなくなってから10日間である。子どもが感染した場合、小さい子であれば子どもを完全に隔離することはできず、濃厚接触者である親の隔離期間は子どもの感染隔離10日間が終わってから、さらに10日間の隔離というのが正しいそうである。こんなの全く現実的でない。
今のオミクロン株は、潜伏期間は平均3日、感染者に接してから5日以内に発症するというデータもあるのであるから、隔離期間をもっと短くしていいのではないか。

 

小学生以上の子で、『クラス内に感染者がいて、感染者との最終接触から5日以内に、1日目38℃以上の発熱、翌日37度台の発熱で、咳症状強くなし』は、ほぼ100%新型コロナである。これらの人にPCR検査はせずに臨床診断のみでいいのでないか。検査もひっ迫しており、重症者や臨床的に診断が難しい人に検査していくべきである。

 

発熱しても軽症なら医療機関には来ず、すぐに解熱しても新型コロナを疑って1週間は自宅待機みたいにできないか・・・。
これは、コロナでない場合、子どもの教育を受ける権利を奪うことになるか・・・。

 

もっと、科学的データにもとづいて行政は対応を決めてほしいと思う。新型コロナをこんな“王様”扱いにしてしまったのは誰だーと叫びたくなる。「今のコロナは風邪だよ」と偉い先生、誰か言ってよ。
感染の危険の中で、検体を採取する我々もへとへとである。

 

高校2年生東大前刺傷事件

また、こんな悲しいことが起こってしまった。共通テストの当日の朝、名古屋の高校2年生が受験会場の東大前で受験生2名と成人男性をナイフで刺したとのことである。
警視庁少年事件課によると、「医者を目指し東大に入りたかったが、約1年前から成績が振るわず自信をなくした。事件を起こして死のうと思った」と供述している、とのことである。
東大、勉強、成績・・・こんなことで死のうと思わなくても。殺人未遂などという容疑を背負わなくても・・・。残念でならない。

 

若者が何々になりたい、何々をしたいと目標を持つのはとってもいいことである。
しかし、それらすべてがかなうわけではない。その時どうするかが大切ではなかろうか。
目標に向かって努力する、目標を変える、・・・自分はダメだと自信をなくす。

 

目標に向かって子どもが努力するのは、大人としてはうれしく、望ましいように思うが、すべてがかなうわけではない。
オリンピックには誰でもが出られるわけではないと、みんな分かっているのに、勉強は頑張ればなんとかなると思ってしまう。申し訳ないけど、皆が頑張れば、東大に入れるわけではない。

 

自分が満足できるように目標を変える技量を身に受けるのがいいのでないかと思う。医者になるのに東大に行く必要はない。僕は医者になりたいんだと、そちらが主眼になれば、選択肢はまだまだあったはず。
こういうスキルは言葉で教えるより、大人が見せたらいいのではないかと思う。
「お母さん、セーターのつもりで編んでいたけど、袖編む時間ないから、チョッキにしてしまおうか。」と。
そしてその時、「セーター編めなかった」と自分を責めるのでなく、「チョッキもなかなかいいじゃない」と自分のやったことに満足する姿勢を見せるのがいいと思う。楽しくそのことに取り組んでいる姿を見せれば、子どもも、努力しても目標がかなわなかったときの対応を、何となくわかってくるのではないだろうか。

 

親の期待に応えられなくて、自信をなくしている子に出会うことがある。十分できているのに。親だから期待はしてしまうが、子どもの目標は子どもが決めるもの。
大人が目標を決めなくても、子どもは自分で目標、やりたいことを見つけていくのではないか。その力を子どもの時に奪ってしまわない方がいいのではないかなと思う。

 

子どもは成長・発達する生き物で、できることがどんどん増えていくわけだから、それを自然に「できたね」と喜んだり、「ちゃんとあなたのできたことを見ているよ」とサインを送ってあげたりするだけでいいのではないかと思う。

 

今回の事件を見て、あまりにも目標が狭すぎた。これは子どもゆえの若さかもしれないが、これを修正する手助けを出すようなチャンスはなかったのかと思う。

 

著者 たかのこどもクリニック 院長 高野智子

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